これまでわたしは、『日本の著作権はなぜこんなに厳しいのか』『日本の著作権はなぜもっと厳しくなるのか』で著作権法の改正プロセスについて、また『〈海賊版〉の思想』で「海賊版」を文芸史と文明史の観点から研究してきた。いま検討されている著作権法改正案は、日本がネット社会になったここ20数年間で最悪の「改正」になってしまう恐れがある。議論の本来の目的(漫画海賊版対策)に対する効果が極めて限定的なのに、ネットの利便性を下げ創造性を萎縮させるマイナスの効果が絶大だからだ。

もともとは、漫画海賊版対策の静止画ダウンロード違法化(それからして、漫画海賊版対策としては、本命のストリーミング配信とは関係ない)の議論だった。それが委員会にいろんな業界が出てきてウチもウチもと訴えて、漫画静止画ダウンロードではなく、書籍・雑誌・論文・プログラムといったコンテンツの包括的なダウンロード違法化、それもいきなり懲役2年以下、罰金200万円以下の刑事罰付きのものに化けている。

この議論が文化審議会の小委員会の議題にのぼったのは2018年10月末で、それからたった1ヶ月ちょっとのあいだの4回の委員会で中間まとめまで来るのは、過去の音楽・動画のダウンロード違法化や刑事罰化のときと比べても、異常な猛スピードでコトが進められている。権利者がいう「被害額」が検証もされないまま、そのまま「立法事実」になるお粗末さも相変わらずのようだ。

現時点では詳細がわからない部分があるものの、中間まとめのキモは、「海賊版サイト」だとユーザーが「確定的に知っている」サイトからのダウンロードに限るという「主観要件」を設定することのようだ。だがそれが主観的なものである以上、予想外の萎縮効果が生じることは、十分予想できる。そのことよりも、人の主観を、いったいどうやったら確定できるというのだろうか。(自白させるのか?)(2018.12.11追記:考えれば考えるほどこの「主観要件」は危うい。詳細は後日まとめます。)(2018.12.12追記:「包括的ダウンロード刑事罰化(1):「主観要件」の危うさ」参照)

アクションは早ければ早いほどよい。まだ小委員会の中間まとめの段階なので、いまならネットユーザーの危惧を反映させられる望みがある。ダウンロード刑事罰化やACTAのときのように、与党審査を通って国会にあげられてから騒いだところで、ほぼ手遅れだ。中間まとめに対するパブリックコメントは、e-govでじきにはじまって年内来年1月6日に終わる。パブコメを出すほかにも、年末年始に地元に帰る国会議員に、有権者としてこの問題に関心があることを、丁寧に伝えるのもよいかもしれない。

この問題への関心を広げるために、「ここはどうなるの?」という点をメモ的に以下に書いておく。ただ、情報が少ないなかで書いているので、今後詳細があきらかになれば無用な心配だったことも出てくるだろうことを、あらかじめ了解されたい。

  • 軽微な侵害であり「海賊版サイト」だとユーザーが「確定的に知っている」と主観的に考えうる場合
    • 正規に入手した新聞雑誌記事のスクショを取って(たぶんここまでは合法規約で許諾されていなければこれも違法)、それをクラウドにたくさん上げて(この時点でそれは「海賊版サイト」になりうる)家族がサークル仲間でそれをダウンロードするのは犯罪なのか。
    • 有償学術論文データベースから論文をダウンロードし(合法)、それをサーバーに上げて(この時点でそれは「海賊版サイト」になりうる)研究室メンバーや共同研究者と共有するのは犯罪なのか。(2019.2.10追記:これが「自動公衆送信」でないならば、問題いようだ。)
    • アニメ絵をツイッターのアイコンにしている(これは「海賊版サイト」と考えうる)つぶやきをスクショするのは犯罪なのか。
  • 「海賊版サイト」だとユーザーが「確定的に知っている」と主観的に考えても、実は違法でなかったり、権利者があえて問題にしていない場合に生ずる萎縮効果
    • 書籍等に正当に引用されている文章・静止画などを、ユーザーが違法コンテンツと思ってしまわないか。(一般に何が正当な引用であるのかの判定は簡単ではない。)
    • 五輪エンブレム問題であきらかになったように、パクリ的なものへの世論的判定基準は、法律家の「常識」を超えてたいへん厳しくなっている。立法者の予想を超えた萎縮が起こる危険性がありはしないか。
    • パロディ作品を紹介するサイトやパロディ作家のサイトの画面を記録することをはばかるようになるだろう。それは文化の発展にとってよいことなのか。
  • その他の疑問
    • 書籍や論文の対象は「静止画」に限るのか、それをテキストファイル化したものはどうなるのか。(2019.2.10追記:テキストファイルも対象になりました)
    • Sci-Hubのような科学論文の「海賊版サイト」は、科学論文出版の寡占による価格高騰に耐えきれなくなった科学者らから一定の支持があるようだ。そうした寡占への対策を国としてまず講じるべきではないのか。
    • 新聞雑誌記事は販売日を過ぎるとアクセスが難しくなる。記事を無断転載しているサイトは、過去記事へのアクセスを容易にする点で、一定の公共的利益が認められ、権利者にとっても宣伝的効果があるのではないか。
    • 「主観要件」をつけるのならば、すでにダウンロードが刑事罰化されている音楽・動画にもつけるべきではないのか。(2018.12.11修正:考えれば考えるほど「主観要件」は危ういので、この意見は取り下げる。)

(このリストは随時更新していきます。最終更新日:2018年12月12日)